2014年8月1日金曜日

死ぬ事を受け入れるために 2

死ぬ事を受け入れたらなにかいい事があるんか?

と思った人もいるかも。

たぶん、焦らなくなるとおもう。で、流れに身を任せる事ができて、心穏やかに日々過ごせるようになるかな。と思ってる。

人はだれでも死ぬけれども、その時期は自分では決められない。
ただ、ガンで死ぬということは死ぬまでの準備ができるから悪くはないよね。
家族にとっても自分にとっても。



やっぱりねー。焦りながら生きるのはしんどいです。あれあこれや考える事が多すぎてね。残すものがあるんだからそれなりにしょうがないのかなと思ったりしますが。

それにね、考える時間も自分の時間なのですよ。
大事に大事にしないとね。

さて、今回はちょっと今まで全くした事のない宗教っぽいお話。


再発するちょっと前くらいから友達に誘われて聖歌隊に入りました。
たまたま息子たちが通っていた高校がミッションスクールで、その高校の保護者や先生が中心になってできた聖歌隊です。

なのでノンクリスチャンの方が多いという聖歌隊(苦笑)。
でも、この聖歌隊がきっかけで洗礼をうけた方もいらっしゃいます。


私もまったくキリスト教には関心がなく、ただ、術後引きこもってばっかりでは楽しくないなーとおもっていたので、毎週どこかにお出かけする場所ができたくらいのつもりで参加を決めました。

聖歌隊隊長はボーンクリスチャンです。
ご自身では不良クリスチャンとおっしゃっていますが。

その隊長に教えていただいたのが遠藤周作の「私とイエス」という本です。
遠藤周作はカソリックのクリスチャンです。
この「私とイエス」という本は日本人にもわかりやすい聖書の中のイエスの行動を抜き出して、彼なりの解釈をつけた本です。

この本を読んでいっぺんにイエスのファンに(ファンダメンタルな人にきかれたらぶっ飛ばされそうですが)なりました!

詳細にいろんな事を書くととんでもなくながーい文章になるので思っていて一番大事なところだけを書こうとおもうのでかなりはしょったような意味不明の文章になってしまうかもですが、ご容赦ください。

聖歌隊ですから礼拝にも参加する機会があります。
礼拝の際に必ずきかれるであろう「深い愛と恵み」という言葉の意味がこの本を読んでやっと理解できました。

主イエスの愛ってなに?恵みってなに?と思っていらっしゃるノンクリスチャンの方にぜひお勧めしたい本です。

その本を読んでまず思った事。
「主イエスは愛の人だった。思いやり深い愛の心を持つ人だった。」
遠藤周作の解釈を通してですが、これほどまでに愛にあふれた人(これまたファンダメンタルな人にぶっ飛ばされそうですが。彼は人に似せて創られた神の子ですので、人っていってはいけないよね)がいただろうか!と思うほどです。

その主イエスの行動(聖書の書かれているような)を通して愛情のあり方を再認識し、人は愛でつながるのだということを心の底から信じる事ができます。

愛ってすばらしい!


日本語で愛ってかくとなんだかちょっと恥ずかしいような響がありますけれども、人間の根本は愛であるって、そう信じる事ができます。

リアリストの私は「主イエスは愛の象徴だ」といいたい所なのですが、象徴だったり信心の対象だったりという言葉では言い表せないなにかがそこにあるのです。

愛って奪うものでも与えるものでも、感じるものでもない。ましてや押し付けるものでもない。

そこにあふれているのです。

人と人との間にあふれているのです。

主イエスをとおして、あふれているのです。

主イエスの恵みはそこここに満ちあふれているのです。

空気のように。

信じる信じないではなくて、そこにあふれていていつも自分のそばにあるのです。

そばにある事を信じているのでは?といわれそうですが、
例えば今目の前にあるパソコンやスマートフォンって「あるって信じている」からあるのでしょうか?
目に見えるものだから信じなくてもあるのがわかる?
では空気は?目に見えなくても「あると信じ」なくてもありますよね。
それとおなじように「ある」のです。



この愛と「死ぬ事を受け入れる事」がどう関係あるのか?

先日、こんなアドバイスをいただきました。
「人生はゲーム。一つのステージをクリアすればまた次のステージ。ゲームオーバーは死ぬときだけど、そのゲームオーバーの先にイエス様が手を広げて待っていてくださると思えば」と。

そして、もう一つ
「死ぬときにどれだけ安心して死ねるか。そこには愛が必要だ。」

具体的にその二つのアドバイスで私の気持ちがどう動いたかについてはちょっと複雑すぎて書ききれないし、私を愛してくださっている皆さんの事についてもこれも複雑すぎてここには書ききれない。

でも、確かに私は愛されているし私もみんなの事を愛している。
その事を思うだけで涙があふれてくるけれども、この涙はどういう感情ででてくるのかよくわからないけどただひたすら涙があふれてくる。

そのことを思うだけで心があったかくなって心が軽くなって穏やかになれるんです。

一歩一歩自分の状況を受け入れたり準備したりということができているのかな?
とおもったり。

まあ、これも焦らず。


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これ書くのすごく迷いました。
だって、宗教観って一人一人みんな違う!
ものすごく複雑で難しい問題。

でも、ちょっと書いた方がいいんだろうなと思う事があって書きました。

ノンクリスチャンでまだまだ勉強中の身のものが書いたものなので、どうぞご容赦ください。









2 件のコメント:

さとう さんのコメント...

なんとコメントしていいかわかりませんが、いつも読ませていただいてます。

chemy kano さんのコメント...

わぁ、コメントついてビックリ。読んでくださってありがとうございます。

なにも言えない時はなにもいわなくてもよいのですよ。